故 芝虎之介君

有馬郡山口村

 芝家は有馬郡山口村の舊家にして且つ門閥家たり山林田地頗る多く所有し、其全盛時代は小大名をも凌駕するの勢力を有し代々庄屋を勤む、氏は天保十三年十一月二十五日生、先代傳藏氏の長子なり、明治十七年六月下山口村外四ヶ村戸長役場聯合會議員となり、同年十一月有馬郡聯合會議員となり、二十二年町村制實施の際擧げられて山口村會議員となり二十八年四月滿期再選三十四年四月任期退職、二十四年四月同村助役に擧げられ、二十五年七月有馬郡各町村組合會議員となり二十八年七月再選、二十六年五月助役辭任と同村に同村長に擧げられ、二十九年七月有馬郡會議員に舉げられたる等恰も破竹の勢を以て、赫々たる名聲を博し村民の信頼する甚大なりしに惜むべし、病の為に明治三十八年十一月一日黄泉の客となりたり、

 資性温良篤實にして氣品高尚貴人の風あり、村民を見る慈母の赤兒に於けるが如く仁俠に富めり、されば小作人の如き中に年貢を納めざるあれども一回も催促せしことなく、手元の都合が出來て納める迄は幾年でも捨て置き、亦自家所有の山林の枯木下草等は村内細民の伐採に任せ薪の料になさしむる等敢て咎めず眞に大家の旦那様として徳望村内に漲り、言、實共に克く行はれたり、氏は殊に商業を好みて米穀商を營む、確實にして灘酒造家に信用せられ一時隆盛を極めたるも、結局商業は意に任せず瞑目せられたるは遺憾なりき、令息虎夫氏は三田屋敷町なる九鬼隆一男爵邸に留守居として住居せるが、資性温厚の君子にして九鬼男を主人として仕へ頗る男の信任を博せり、虎夫氏名聲あり、選擧等ある場合運動の為め山口村に入るや、芝の旦那が云はれることなら仕方がないと一の反對者もなく其言に随ふを常とせり、今や資産衰退して昔日の比にあらざれぞも村民の芝家に對する崇敬は毫も變ずるものなし祖先の恩澤の如何に村内に普及し村民の腦裡に印するかを知るべきなり、積善の家に餘慶あり、他日芝家の繁昌亦期待すべし。

                                    『現代 有馬郡人物史 完』(古語)

西宮市山口町郷土資料館

西宮市山口町の歴史、伝統文化・産業、民俗資料を展示する郷土資料館です。 この地域で出土した七世紀の土器、645年大化の改新の立役者・孝徳天皇が当地に行幸されたことに関わる資料とその再現装束(着用体験もできます)、秋祭りで繰り出される檀尻(だんじり)の実物展示、伝統産業・竹細工を詳細に解説、等々に加え、昔の民具・農機具・教科書・写真などを展示するコーナーでは、実際に触って使ってみる体験もできます。

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